願いが届いた長男

まだはいはいができるようになったばっかりのパパ好き長男

 

私たち夫婦は、2人の子を授かった後、あと1人子供が欲しいという思いが断ち切れませんでした。

結婚当初、私は3人子供が欲しいと思っていましたが、結婚した時点ですでに40歳を超えており、難しいだろうなぁと思っていました。

夫婦の間では、3人目をどうするかということのはっきりとした結論はないまま時間が過ぎ2人目の離乳が進みだした頃、ふと私が「これで赤ちゃんにミルクをあげるのもも最後かぁ、、、」と妻に言いました。

それから、夫婦で「今年の5月までに授からなかったあきらめよう。」と決め、3人目は病院にも相談せず、運を天に任せることにしました。それが昨年の1月でした。

小さい子供2人の育児でなかなか夫婦の時間もとれずに時間は過ぎましたが、新型コロナウィルスが日本でも話題になり始めた3月、なんと長男の妊娠がわかりました。

3人女の子となるのか、男の子が産まれてくるのか、そんなことはその時にはわかりませんでしたが、3人子供がいる賑やかさへの期待と3人きょうだいを経験したことがない私たちが3人の親になる不安が入り混じった記憶があります。

7月頃、病院で男の子であることを告げられ、私たちは初めての男の子が産まれることへの期待を胸に出産を待ちました。

出産にあたっては新型コロナウィルスの影響で、妻への面会はもちろん、産まれたすぐの長男を一目見ただけで抱くこともできませんでした。

また、上の2人の小さな子供たちの世話をするために仕事を休み両親の手を借りてなんとか妻の退院を待ちなんとか乗り切りました。

今は、パパ大好きでいつも笑顔で私のところに来てくれる長男の成長した姿を楽しみに

しています。

天真爛漫、おてんばな次女

次女は、天真爛漫でちょっとおてんばな2歳。

 

次女を授かったのがはっきりしたのは、長女が産まれた翌年の6月でした。

初めての子育てに奮闘しながらも、きょうだいがいた方がいいと願っていた私たち夫婦は長女の時にお世話になった病院にかかりながら、妊娠を待っていました。

次女は意外にもあっさりと授かることができ私たちは胸をなでおろしました。

成長にも問題がなかった次女ですが、逆子が戻らず次女は帝王切開で産まれてくることになり、長女とは違い出産に立ち会うことができませんでした。

 

しっかりものの長女とは性格も違い、いつも面白いことを言ったり変顔をしたりして私たちを楽しませてくれます。

言葉も独特で、お風呂をあがるときは10まで数えたあと「あいちゃ~い。」と言います。しまじろうは「しまもん」、肩車は「かっぷんかん」などなど。次女ワールドです。

そんな半面、おもちゃを取り合いしてお姉ちゃんには手加減なしにかかっていくし、弟はちょんと押してこかしたり。なんど注意しても直してくれず、ちょっと気難しい面もあり手こずらされることもしばしば。。。

いつかはわかってくれるだろうと願いながら。。。

性格があっさりしているので、怒られてもすぐに膝に入ってきて、要領がいいなぁと思ったりもします。

手がかかる子ほどかわいいのかもしれませんね。

いくつもの転機から授かった長女

長女は、歌や踊りが大好きで、明るく元気な4歳。

 

親ばかながら、歩く、話す、おむつ離れ、文字を読む、簡単な計算などなど、なんでもできるようになるのが早かったように思います。今年から幼稚園に通い始めましたが、コロナの影響でなかなか思うように通園できず。。。といった感じです。

 

この長女、結婚から誕生までには、少し時間がかかりました。

振り返るといろんな転機が長女に導いてくれたのだと思います。その話を少し書きたいと思います。

結婚当初、なかなか妊娠の兆しがなく「簡単に赤ちゃんはできないんだろうな。」と思いながら2年ぐらいが経過した時、私に「もしかしたら自分の年齢のせいかもしれない。。。」という思いが浮かました。それが最初の転機でした。

私はすぐ病院で検査をしてもらいましたが、気にするほどの問題はみつかりませんでした。同じく妻も婦人科で相談をしていたのですが、ある日、その婦人科の診察が終わったすぐ後に仕事中の私に「看護師さんの対応が悪く病院を替えたい。」と電話をしてきたのがきっかけで、私は不妊治療を専門としている病院をネットで探すことにしました。これがその次の転機となりました。

幸い近所で評判のよい病院をみつけることができ、診察を受けたところ、いくつかの問題が考えられるとの診断が告げられました。先生からは「どこまで治療するかは夫婦で相談しておいて下さいね。」とも言われました。「もしかしたら子供はできないかもしれない。」という不安はありましたが、先生からのアドバイスで他に2つの病院でも手術・治療をすることになり、妻は3つの病院の通院の日程をやりくりする必要もあり仕事を辞め、治療に専念してくれました。思えばこれが3つ目の転機だったのかもしれません。

病院を替えてから3か月ぐらいで初めての妊娠反応がありましたが、喜んだのもつかの間、心拍が確認されないまま流産となってしまいました。それがその年の6月末のことでした。

私たち夫婦は先の見えない状況から気分を変えたいと思い、7月と9月に沖縄旅行を予約しました。5月にも沖縄旅行をしていたので、年内3回沖縄へ行っちゃおうという計画でした。これが4つ目の転機かもしれません。

子供のことは考えつつも「二人の生活を楽しもう!」とできる限り週末はドライブや外食を楽しんでいた8月の終わりごろ、9月の沖縄旅行のキャンセル料がかからないギリギリの日に念のためと検査薬で妊娠を確認したところ、長女がお腹にいることがわかったのです。

いくつもの転機に導かれ、私たち夫婦は長女を授かることができました。

子供たちとの日々を忘れないために。

41歳目前ぎりぎり40歳で結婚して、今年48歳になる普通のサラリーマンです。

44歳で第1子、45歳で第2子、47歳で第3子。
人生の後半戦でスタートした3人の子育てを日々奮闘しながら楽しんでいます。

 

毎日がドタバタで、子供の成長、日々起こる可愛い出来事、育児・多子の悩み事

などがすごい勢いで目の前を通り過ぎるので、いつでも振り返れるように日記を

兼ねてここに残していきたいと思います。